発達障がい当事者としての5年間の軌跡 ~ブログ運営6年目に寄せて~

サイト運営

2015年5月26日、本ブログを立ち上げて、就労移行支援の利用体験や障害者雇用、交通運賃の福祉割引などのテーマについて多くを語ってきてから、ちょうど5年間が経ちました!

発達障がいの特性の一つとして、一つのことを長く続けられないという特性を筆者が持ちながらも、ブログを続けてこられたのは、ひとえにブログの記事を読んでくださる読者さまのおかげだと思っています。

2015年から2020年初めまではブログの名義を「気分がハイテンポな365日」として運営してきましたが、2020年2月、筆者のペンネームが決まったのを機に、新しい名義「金海銀之助の忘備録」として心機一転してブログの運営を続けています。

本稿では、ブログ運営を立ち上げてから現在に至るまでの、筆者の発達障がい当事者としての5年間の軌跡を大雑把に振り返りたいと思います。

2015年(1年目)

本ブログを「気分がハイテンポな365日」として始めた年でした。

また、この年には、発達障がい・双極性障害の確定診断を受けて、就労移行支援のサービスを利用開始して、訓練を始めた年でした。

発達障がい(自閉症スペクトラム障害)の確定診断は、都内の某クリニックで心理検査を自費で受検し、確定診断を得ました。当時は個人がブログとして情報発信しているサイトが少なく、情報収集に苦労したことから、自分が障害者福祉の社会資源について情報発信していこうと、ブログ運営を始めました。

この年は、シンガポールでの現地就労から帰ってきた翌年で、うつ状態がひどくて就労できませんでした。自暴自棄の生活をしていた中でも希望を失わず、「就労移行支援」というワードを発見しました。

発達障がいの確定診断を得る記事、就労移行支援利用開始の記事を書いていました。

蛇足ながら、このブログを始めるタイミングで、Google AdSenseプログラムの審査に通って、広告を掲載できました。当時は現在よりもかなり簡単に審査を通れたので、ラッキーでした。

2016年(2年目)

糖質制限ダイエットを始めて、成果が少しづつ出始めた年でした。そんな経験も記事に残っています。また、鉄道などの交通機関の障害者への運賃の福祉割引についても多くを考えた年でした。

2017年に分離するまでは、このブログで鉄道旅行の多くの記事を執筆していて、国内の観光列車に乗りに行っていたものでした。

この年には、相模原市にあった「やまゆり園」で障害者が多数殺害された残忍な事件があり、筆者も多くのことを考えさせられました(2020年に被告の死刑が確定しました)。

この年の前半には、就労移行支援のプログラムで集団認知行動療法のワークに取り組み、後半には障害者雇用での再就職活動を始めました。筆者の場合は転職回数が多かったこととブランクが長く、経験が一貫しなかったことから、大変苦戦を強いられました。そんな中で、応募先の会社に振り回された苦い経験など記事を書きました。

2017年(3年目)

この年は、生活面で辛酸をなめました。相続で得た資金を長年生活費として使ってきましたが、その資金がついに底をついて、生活保護の受給を開始しました。

同時に、この年の2月にはハローワーク主催の面接会に出向き、受けた会社から内定を得て、障害者雇用での一般就労を再開した年でした。時給制の契約社員からのスタートで、収入は安定しませんでしたが、受給から5か月目で生活保護を脱却することができました。

2015年から始めた障害者雇用での再就職プロジェクトの完了の年でした。社会復帰最初の会社としてはよかったですが、将来的に転職ありきの会社への再就職でした(2019年に結局転職達成)。

ブログ記事でも、その集大成としての、障害者枠で就労するまでの考え方とステップを考えられました。

これまた蛇足ですが、運営3年目でのGoogle Adsenseプログラムの成績がこの頃ピークで、1か月あたり5,000円以上収入を得ていましたが、生活保護費の収入認定で全額消えていたのが残念でなりませんでした。そして、10月に鉄道系の記事を新ドメインに移転して、本ブログでは障がい関係の記事でやっていくことになりました。

2018年(4年目)

障害者雇用での一般就労2年目で、当時勤めていた会社で一見うまくいきそうな感じがしたものの、結局挫折して正社員登用の目がなくなったアンラッキーな年でした。

この年から本格的にTwitterで投稿を始めましたが、良い結果と悪い結果が同時に出てしまいました。障がい当事者との多くの出会いを得られましたが、その反面で会社での出世を逃して、その後の転職に結び付きました。

そんな挫折を当事者同士で語り合いたくて、オンライン当事者会の「かきぶき庵」を立ち上げ、順調にスタートしました。

この年から2020年に至るまで、障害福祉サービスの「就労定着支援」を受けて、職場での就労継続のためのサポートを得ています。

この年は地方の第三セクターなどのローカル鉄道会社を乗り歩いて、精神OKな障害者割引情報を精力的にアップしていました。

2019年(5年目)

2017年5月から勤務した会社とお別れすべく、3月からエージェントを利用して障がいオープンでの転職活動を始めました。その活動も困難でしたが奇跡的に採用してくれる会社があって、ステップアップの転職に成功しました。

Twitterにそのことを回想してツイートして、好評をいただいた記憶があります。それまでSNSの投稿に神経質な会社のせいでびくびくしながらツイートしていましたが、その束縛から解放された瞬間でした。

転職に成功したのはよかったのですが、新会社での就労が当初きつくて体調がよくなく、運営していたオンライン当事者会を休止させることになってしまったのが残念でした。

転職して月給を得るまで、前会社では時給制で生活がきつかったながらも、ちまちまと鉄道旅行に出かけていた記憶もあります。

2020年(6年目)

仕事面では、就労定着支援のサポートのおかげで軌道に乗ってきたものの、Twitterのコミュニティーでの関係がうまくいかなくなり、ハンドルネームを「金海銀之助」に変えて、Twitterも新アカウントで転生しました。

当事者界隈での居場所をどこに置くか、模索を続けているところです。

2020年、新型コロナ感染症での生活様式の変化があり、対面ではなくオンラインでコミュニケーションを図る新しい交流の様式が定着してきました。また、ステイホームで家にいよう、という期間で、生活リズムの維持が課題でした。

Google Adsenseの広告収入が2017年をピークに減少を続け、2020年には月に数百円まで落ちています。鉄道旅行の時代が終焉する可能性もあり、それが収入に直撃しています。事業を自営するのは大変な一方、障害者雇用での就労は非常に安定した働き方で、ありがたいと思います。

混沌とした今後を生きるために

新型コロナで生活様式が変わり、経済活動が停滞するなかで、障害者雇用はどうか?ということをこれからも考え、このブログに落とし込んでいきたいと思います。

障害者雇用での働き方、長い目で見ると多様な働き方として社会に受け入れられると思うので、そのロールモデルになるべく、自身の体験を記事として書いていければと思います。

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