筆者が本ブログを立ち上げた2015年に、いかに精神障害者(本稿では発達障害者も含む)の雇用が難しいかを平成25年度障害者雇用実態調査の結果から考察し、記事を投稿してから、本稿を執筆している2021年まで6年が経過しました。
障害者雇用実態調査の結果は、厚生労働省によって5年ごとに発表されていて、最近の結果は平成30年度(2018年度)のものです。2018年に民間企業における障害者雇用の法定雇用率が2.2%に引き上げられ、精神障害者を雇用した際に法定雇用率のカウントに算入する義務が生じています。
精神障害者の雇用事情にとって、法定雇用率の引き上げと精神障害者のカウント義務化がプラスに作用していると推察しますが、果たして本当に精神障害者にとって就労しやすくなっているか、本稿ではこの調査結果などから最近の就労事情を考察したいと思います。
また、本稿の後半では、雇用主が従業員の障がいを把握するにあたっての課題や募集時の差別禁止について、障がい当事者(および企業の人事担当者)が知っておくと良いことを書きました。
(2015年に投稿した記事は、以下の通りです)
目次
平成25(2013)年の調査結果の考察
本稿執筆時の2021年より8年前(2013年)の調査結果では、多くの企業が「精神障害者の雇用をしたくない」という結果が端的に現れていました。2013年当時の民間企業における法定雇用率は2.0%に引き上げられたばかりで、この調査結果は引き上げ前の1.8%だった時代の結果が反映されています。
障害者雇用に積極的な身体障害者に対し、知的障害者と精神障害者に関しては消極的でした。その理由としては、当事者に適した業務を切り出せないことや、職場になじむのが難しいと思われていることです。その対策として、ジョブコーチなどの外部の就労支援機関の活用が課題というのが調査結果から読み取れました。
詳細については、上記記事をご一読ください。
平成30(2018)年の調査結果の概要
前回の調査から5年が経ち、2018年に行われた調査結果が本稿執筆時では最新のものです。これから、調査結果を詳細に見て、どのような変化が見られ、企業の意識に変化があるかを考えてみたいと思います。
端的な結論としては、上記の5年前の調査結果と意識的に大きく変わることはなく、依然として精神障害者の雇用には消極的なことが残念ながら言えます。昨今の法定雇用率の上昇に伴う採用活動及び新規就労者数の伸びがあるにもかかわらず、ある意味仕方なくといったところをうかがえます。
ここでは、精神障害者の状況が身体障害者の状況と比べてどのような特徴があるのかという点にフォーカスします。
● 年齢階層
精神障害者の年齢構成は、働き盛りの30代後半から50代前半の層が多いことが分かります。その中でも、一番多いのが40代後半で、全体の18.0%を占めます。若い頃から障害を持って就労しているというよりも、社会人として就労している中で精神疾患を発症して一旦離職し、発症後に再就職している状況が推察されます。
一方で、身体障害者は、年齢が高くなるほど構成割合が増えてきて、60代以上の層が23.6%を占めます。

● 事業所規模
精神障害者が雇用されている企業の従業員数の規模別でみると、従業員数29人以下の中小企業に就労している割合が70.5%と大変高いことが分かります。従業員数が1000人以上の大企業の割合は、わずか2.1%です。このグラフには割合しか反映されず、実数が分からないため正確なデータとして活用できないですが、大企業に雇用されている当事者の割合が大変少ないことが言えます。
身体障害者でも似たような状況で、「障害者雇用=大企業・大手企業」というイメージが必ずしも合っていないことを意味します。

● 雇用形態
障害の種別によって格差が生じてくる項目です。
精神障害者の割合では、無期正規雇用(正社員)で就労している割合が25.0%で、全体の4人に1人です。無期非正規で就労している割合が高く、同じ会社に長く働いても正規雇用に転換されにくく、非正規社員としての格差が残っていることが読み取れます。
身体障害者では、無期正規雇用の割合が49.3%で、全体の半数が正社員として就労できているのが、精神障害者との大きな違いです。

● 平均賃金額
雇用形態が平均賃金額にもある程度反映されています。
精神障害者では、短時間勤務の配慮を受けている場合も多く、その場合フルタイムでは働けないことを意味します。週30時間以上のフルタイムかそれに準じた時間で就労していても月収が18.9万円と、20万円に届きません。年収ベースでみても、250万円前後がボリュームゾーンであることが考えられます。短時間勤務では月収7.4万円と10万円にも満たず、障害年金や生活保護を併給しないと生活できない状況を推察できます。精神障害者の場合、フルタイムで就労できても、一説には年収300万円の壁があると言われているのが裏付けられます。
身体障害者については、正社員として就労できている人が多いのが賃金面にも現れており、週30時間以上の就労で月収25万円弱です。年収では300万円台前半の収入で、業務内容を考えると健常者の給与ベースに劣っていません。
ただし、短時間就労している場合は、精神障害者と賃金水準は変わらず、障害者雇用ならではの低賃金構造がよく見えてきます。フルタイムで就労できるか、短時間勤務の配慮を受けているかで、収入面では大きな乖離があります。

● 賃金形態
非正規就労が主流の精神障害者の賃金形態は、半数以上が時給制です。月給制で働けている人の割合は28.6%で、少数派に入ります。筆者の実感では、ノーワークノーペイである時給制の非正規就労では勤務実績が収入に直結するため、体調不良で就労できなかった分が直接収入減に現れるので、金銭的に生活が厳しいのが実情です。
一方で、身体障害者の多くの人がフルタイムで正社員として就労し、月給制で賃金を得られます。物理的な障がい配慮があれば健常者並みにパフォーマンスを出せるので、正社員として就労するのに支障があまりありません。生活実態としては、健常者に近いものがあろうかと推察します。

雇用主側の障害者雇用に対する意識
調査結果では、精神障害者の平均勤続年数が3年2か月であり、「採用してもすぐに辞めてしまい、長続きしないのでは」という意識の裏付けになっています。そのため、就労継続につながるよう、パートなど短時間勤務を可能にする配慮をしたり、外部就労支援機関と連携するという配慮に取り組んでいる企業が多くみられます。
連携できる外部支援機関としては、各自治体にある障害者就業・生活支援センター(中ぽつ)、障害福祉サービスとして利用する就労移行支援・就労定着支援事業所や、都道府県にある地域障害者職業センターなどの機関があり、調査結果でも障害者雇用に取り組む多くの企業に活用されています。当事者としても、これらの就労支援機関に繋がれるように、自治体の窓口で相談すると良いかと思います。
今後の障害者雇用の方針に関しては、身体障害者を積極的に雇用したいとする一方、それ以外の知的障害者、精神障害者は雇用したくない結果が出ています。この点、前回の5年前の調査結果と大きく変わっていないのが残念です。潜在的な意識や社会通念を大きく変えることは難しく、行政の施策の推進が調査結果に反映されないといったところでしょうか。
職場でトラブルが起きたことがある、あるいは体調や症状で就労が長続きせず、すぐに辞めてしまう懸念を持たれ、雇用したくないと考える雇用主が多いのかと推察します。

これはあまり良い状況だとは思えませんが、改善していくために必要な支援として多くの割合を占めるのが、外部支援機関からの助言や情報提供が望まれていることも分かります。
最後に、障害者を雇用しない理由として、精神障害者について懸念されているのが、職場になじむのが難しい、適した業務がないことです。

今後障害者雇用を推進するにあたって、外部支援機関のスタッフによる当事者のフォローアップと企業に対する助言が欠かせなさそうです。当事者としても、就労継続できるように生活リズムを整えたり、ビジネスマナーを習得するなど定着のためのスキルを習得する努力をし、それを企業にアピールできることが必要です。
それに加え、1日単位での年次有給休暇を半日単位や時間単位で取得できるようにする配慮、通勤しないで済む在宅勤務の推進、業務中適度に休憩を認める配慮などのソフトな配慮が欠かせないと考えますが、障がい当事者だけに認めると一般の健常者の従業員との公平さに問題が生じます。
これらの配慮を障がい当事者だけではなく、すべての従業員に利用できるよう人事制度を整備するのが、企業の持続にとっても重要ではないかと考えます。筆者の勤務する企業でも働き方に関する改革が推進されており、これらの配慮を障がいを理由にしなくても人事制度の枠内で受けられるため、就労継続上大変助かっています。
雇用主が従業員の障がいを把握する難しさ
最後に、障害者雇用実態調査の結果の話から少しストレッチして、雇用主側が社内で障害者を把握することや、差別禁止に苦心しているかお話ししたいと思います。
障害者雇用に関して、採用時に障がいを開示して応募するという話をすることが多いですが、障がいのある当事者がすでに企業で障がい非開示で就労していて、企業が彼らをいかにして確認するかという課題があります。
従業員は不利益を避けるために自分の障がいを隠し通そうとするものですが、その本人の業務上のパフォーマンスがよくなかったりします。そういう従業員に障がいがあるかどうかをいかに把握して、合理的配慮を行って就労の最適化を図るのが企業の課題の一つです。
障害者を採用するにあたっては、障がいを開示して合理的配慮を明確にして受け入れることが多くを占めると思われますが、採用後に従業員全体に障がいの申告を呼びかけるということが、筆者の勤務する会社を含め、大企業ではよくあるかと思います。以下のグラフではそのことが読み取れますが、個人を特定して障がいがないかどうかを確認するのが難しいことが推察されます。

この場合、採用以前に障がいがあり、非開示で入社してからあとで発覚することが問題になりえます。障がいを開示しなければ正社員で就労できるけど、障がいを開示すると正社員になれず、非正規でしか就労できないなどの大きな不利益があるために、障がいを開示したがらないという事情を雇用主側も認識しなければなりません。
雇用主側にとっては、採用時に非開示の障がいが発覚した場合の取り扱いについて、新規採用者から誓約書や覚書を取って、規定に則って処理するのがトラブル回避のために望ましいと思います。(さもないと、障がいを開示して入社したハンディキャップのある従業員との雇用形態や収入などの処遇差が不公平ということになります。)
ということがあってか、社内で従業員全員に障がいを申告するよう働きかけても、なかなか本人からの申告が得られないという苦心を以下のグラフから垣間見ることができます。障害があること自体で処遇に差をつけない、障がいの有無で不利益がないように明確に規定化しておくことと、そのプロセスをガラス張りにしておくと、従業員が信頼して安心して申告できるようになると思います。業務のパフォーマンスに問題が仮に生じても、障がいと関連付けられないと、従業員にとっても雇用主にとってもマイナスにしかなりません。(だから結局、雇用したくないと思われるのが残念です。)
本人の同意なしに、年末調整時の資料や住民税決定通知書の内容から本人の障害者控除を把握し、処遇を不利益にすることは決してあってはならないでしょう。

差別禁止に関しては、採用時にも外部就労機関の登録を受けていて、支援を受けられることを採用条件にすることは望ましくありません(実務上は支援が必要なのですが)。雇用主が従業員の障がいを把握したところで、配属できる部署が限られるといった苦悩があるようです。

雇用主側にとっては、障がいのあるなしで処遇の不利益を行わないことが重要ですし、従業員にとっても、自分の障がいを申告することで、不利益なく職務上配慮を受けられるメリットがあることを認識できることが、双方にとってのウィンウィンになるのではないかと思います。
参考資料 References
平成30年度障害者雇用実態調査の結果を公表します(厚生労働省)2019
第103回労働政策審議会障害者雇用分科会(資料)(厚生労働省)2021